結婚
結婚はしたいとは思うが、とくに何か努力してまでしたいというほどではない。
現状の生活に十分満足している、はずである。
本当に十分満足しているなら、結婚のことなど考えない。
だが、真面目に結婚に対して考えないのも、ある程度満足しているからなのではないかと思う。
基本的に人間は最適行動をするはずであり、私もまた一人間であるから、きっと最適行動をとっているはずだ。
このGWも今までどおり、なんの変哲もない単なる休日として過ごしてきた。GWだからといって、何か思い立ってすることもなく、淡々と、そして粛々とダラダラ1日を過ごすという至福の休日が続いている。
とはいえ、ある程度暇はあり、その暇を活かしてさらに豊かな生活を送りたいと思ってしまうのが私の性である。そこで、ふと考えるのは結婚をすべきかどうかである。
この年まで彼女はできたことはない。欲しいという感情があったころに彼女ができなかたったので、いなかったのではなく、できなかった、が正しい。そのため、結婚すべきかどうかより、できるかどうかを考えるべきだろう。
ここで先日書いたように、どうやら自分は自分に甘い。
本気でしたいと思えば、できると思っている。今書いているこの瞬間に気づいた。
自分に甘いのはもう本能なのかもしれない。本能より適切な単語があるはずだが見つからない。まぁそんなことはどうでもいい。コメント頼りにしてます。
さて、ただ、結婚できるかどうかは、本気でしたいと思えばいかようにもなるだろう。相手を選ばないなり、相手に合わせる努力なり、自分磨きなり、方法はある。
だが、それも”結婚したい”という欲求がなければ、そういった行動にすら移ることはない。だからこそ、まず、自分自身に本当に結婚したいかの意志を問いている。
今のところやはり、答えはNoのようである。
恋愛もしたことない男が結婚を語るのはなんとも滑稽だが、結婚すらも損得で考えてしまう私にはどうも損なシステムにしか思えない。メリットがあまりも自分本位すぎて、相手に対して失礼にしか思えず、どうもメリットをメリットと思えない。
相手に性欲を満たしてもらったり、いつくるか分からない寂しさを埋めてもらう、そんなために結婚はすべきではないだろう。もし、相手が私のように非感情的に会話してくれるなら、それだけで十分に結婚したい動機になり得る。
しかし、男女間で、まして夫婦間で本当にそんな会話は望めるだろうか。「私たちの結婚は果たして本当に必要だっただろうか」なんてことすら軽い会話ですら恐らく私はしたくなってしまうだろう。何につけても、なぜそれをするのか?必要なのか?そう思ってしまう、聞きたくなってしまう。そして、相手との距離が近いほど聞いてしまう。
その1つの問いかけが相手との関係性を崩してしまうことは十分にある。実際には聞かずに相手とこちらから距離をとって私から離れる、ということがほとんどではあるが。結婚になれば離れることはできないのだが。
さて、少し話はそれたが、やはり結婚におけるメリットはほとんど見当たらない。やはり、そんな理屈を考えずとも、「ただ会いたい」と思える相手に出会うまでこの問は不毛な気がする。
だが、今悩まずして、あの時もっと考えて結婚していれば、とはなりたくないのだ。だからこうして記事を書いている。
実は数日後、A子から女の子(B子としておく)を一人紹介してもらうことになっている。と言っておきながら、A子となら結婚してもいいかな、と思っている。だが、A子には彼氏がいるし、A子は彼氏のことがとても好きそうである。だから諦めた。A子自体は僕に似た少し冷めた、人付き合いの狭いタイプで、その友達だから、A子の代わりになるかなと思って紹介してもらうことにした。たぶん。お願いしたのが2ヶ月くらい前だから、なんで紹介してもらおうと思ったのか思い出せない。けど多分、代わりになってくれればと思っているんだろうな。
A子はお世辞にも可愛くはない。けど、そんなことはどうでもいい。ただただ、真面目で控えめな女性である。それだけで十分に魅力的な女性であった。そういう女性だからこそ全力で尽くしたくなる。なんとかいうか、頑張っているから(妄想かもしれないが)、正しい生き方(個人的に)だから報われて欲しい。その気持ちが、尽くしたいに繋がっている。
とはいえ、まぁ、向ける矛先を直接向けてはいけないので、そっとそらすことにした。
この気持ちはなんだろう。ただ会いたいとかそういう感じではない、だが、いわゆる親友という気持ちなのだろうか。会えなくとも信頼しているし、困ったら助けてあげたい。そんな気持ちだ。多分A子は今の彼氏とうまくやってくんだろうけど、なんかあったら助けたいという気持ちはこの先も消えないんだろうな。ただ、彼氏のこともよくしっているし、他人の幸せを奪ってまで自分の幸せを優先できない。
という経緯で今度、B子さんを紹介してもらうわけである。距離的には、遠距離に限りなく近い中距離といったところだろうか。果たしてうまくいくのだろうか。なんて考えていたが、この考えは本当に不毛だと気づいた。うまくいったらいっただし、いかなければそれまで。本当にそうだと思った。なんでここで考えるのはやめる。
ただやはり、結婚するべきかどうかの問は非常に難しい。
少なくともやはり現時点で、できない、とは思っていない。
明確なメリットを見いだせないからこそ、動けない。
ただ、最悪失敗してもいいから1回してみてもいいかな、という気持ちももっていいような気はしている。知ることと、体験することは別物だ。結婚は理屈で考えられるほど簡単なものじゃないだろう、きっと。だからこそ悩んでいるし。
そこそここの記事も長くなってきて、同じことを何回か書いていているかもしれない。読者の皆さんには申し訳ない。
そろそろ落としどころをつけたい。でもつけられない。
とりあえず彼女を作るところからだろうか。
他人に合わせるということ、私がずっと避けてきたこと。
このこと本当に向き合ってからこそ、この問にもう一度向き合うべきなのかもしれない。
どうだろう。やっぱり考えられることではないのかもしれない。
結婚する人生、しない人生。どちらも魅力的ではある。
ただ、しない人生はいつでも送れるが、する人生は僕の場合は早くから動かないと厳しそうな気もする。年々人への愛着は薄まるばかりである。
というわけで少し積極的に動くこうかと思う。
というより2か月前の僕がこうだったのかもしれない。
うすうす勘づいていたのだろうか。
意識的に出会いを増やことが結論への近道だと思う。
今は考えるより、もっと行動して体験することが必要なのだと思う。
少しばかり遅れを取っているが、仕方あるまい。
私がどちらの結論をとるにせよ、納得した上で結論を出したい。
結婚できるかどうかは別として。